明治22年の新聞記事 「汽車に便所がなかったことによる犠牲」

  • 2018.09.30 Sunday
  • 23:09

 

今回も『新聞集成明治編年史』を見ていて、なんか面白い(?)記事を見つけたので紹介します。

 

記事は明治22(1889)年4月29日のもので「肥田御料局長歿す 汽車に便所なき犠牲」というタイトル。

 

要約すると、
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肥田御料局長(宮内省皇室財産を管理する局の長官)は用心深く、外出の際には便所の場所も予め定めるくらいの人物。

 

局長が汽車で移動中、(便所に入る予定としていた)静岡駅が、茶摘みの女性が多く駅の便所が塞がっていたため、やむを得ず次の停車駅、藤枝駅で便所に入った。

 

しかし早々に汽車が出発…

 

急いで汽車に飛び乗った途端、駅(ホーム)と汽車の間に落ち込み、2つの車両までは(ホームと汽車の間にあった隙間で)大丈夫だったが、3つめの車両が通過の際、下の方の突起に外套の裾が引っ掛かり、レールに引き込まれ、肩から喉のあたりまで圧せられて亡くなる、、

 

という記事。
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現代もホームから落下したり、ホームと電車の隙間に落ちたりする事故が起こっています。

 

肥田局長の事故自体は珍しいものではないのですが、この記事、ことさら「便所」を強調している点が何故か面白い。。

「宮内省御料局長官」という立派な人物でも、「“便所”が理由で死ぬ。」ということを言いたいような記事。

 

この人物調べてみたら、やはりかなりの大人物。

 

肥田 浜五郎(ひだ はまごろう)

文政13(1830)年1月 - 明治22(1889)年4月28日
川幕府の幕臣で、勝海舟がアメリカに渡航した咸臨丸の機関長。
明治になってからも岩倉使節団理事官として欧米各国を歴訪。
日本海軍機関科士官第一号。海軍機技総監など様々な要職を歴任。

 

性格は分からないが、「便所〜」の記事を書かせるような人物だったのか…

 

なお、この便所駆け込み死亡事故が、列車内の便所設置を後押しした、とのこと。

 

 

明治時代の記事って、なんか面白い。

 

また見つけたら紹介します。

 

 

  明治22年新聞記事

 

 

 

 

 

 

 

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行政書士萩本勝紀

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